沖縄出版界の歴史
沖縄出版界の歴史沖縄出版界の歴史
#01

沖縄本の概史
―1950年代~1990年代
そして21世紀

沖縄出版協会
宮城 一春
編集者・ライター

廃虚の中から(1950年代)

敗戦後の廃虚の中、倦怠感を残しつつ出発した沖縄の出版界ではあるが、そこから扉を押し開いて出てきたのは、『鉄の暴風』(沖縄タイムス社編)である。この本は、沖縄住民の体験証言をもとにまとめられた初めての沖縄戦記録であり、沖縄戦という沖縄史上類を見ない悲惨な出来事を、戦争遂行者である兵士ではなく、戦いに翻弄され、流されていった住民の目を通して描いた書である。その後出版された戦記物は、この『鉄の暴風』の手法を踏襲しているといってもいいほどの名著である。その意味でも、五十年代の出版はこの『鉄の暴風』に代表されるといえ、その後しばらくは、忌まわしい過去との決別、新たな沖縄の試行ともいえる本たちが出版されていくようになる。

沖縄の主体性を問う(1960年代)

六十年代に入ると、沖縄の主体性とは何であるかといったような本が出版されるようになる。また、雑誌の創刊が多かったのもこの六十年代の特徴といえるだろう。その代表ともいえるのが1961年にスタートした『月刊沖縄』(月刊沖縄社)。また、66年には、戦後沖縄の文学や思想界をリードした『新沖縄文学』(沖縄タイムス社)が創刊された。『青い海』通巻100号に当時のことを回顧した座談会が掲載されているので、興味のある方は、一読するのをお勧めする。次に引用するのは、その座談会の発言から。

戦後沖縄の出版活動は新聞社主導型のスタートを切ったわけです。やがて、本土からも書籍類が入ることによって衰微していく。あとはボツボツと印刷所のおやじさんであるとか、書店の店主が単行本をつくっていた時代があって、昭和三十年代前半から商業ベースとしてというか、出版社としての出版が出てくる、ということでしょうか。(津野創一氏談)

歴史の再評価および大型本の時代(1970年代)

復帰の余韻さめやらぬ七十年代。社会的にもイデオロギーの時代を過ぎ、経済的にも、敗戦後の混乱期をくぐり抜け、個人の生活を重視しはじめたのがこの七十年代だと思うが、ここに登場してきたのが、沖縄の歴史をわかりやすく解説した本や、定価一万円以上もするいわゆる大型本である。

沖縄の歴史については、その頃まで一般向けにわかりやすく書かれた本が少なかったようだ。前述の『青い海』から再度引用してみる。

山里さんの『裏からみた沖縄歴史』も売れたんじゃないですかね。というのは、山里さんが歴史を書くまでは、沖縄の歴史というのはみんな漢文調というか、むつかしいものばかりで、資料がそのまま出て来たりして一般の人にはどうもとっつきが悪かった。山里さんは、確か琉球新報に囲みもので連載していたと思うんですが、かみくだいて、いわば玄米乳のように飲みやすくしてくれたんです。文学的な表現に流れていて、歴史的にはどうかと思われるようなところもあるんですが、しかし沖縄歴史の概念を一般の人たちにも広げていった、という功績のあった本でしょう。(太田良博氏談)

同じような意味でさらに大きな成功をおさめたのが、その後、月刊沖縄社から出版された『カラー沖縄の歴史』である。小学生でもわかるようなやさしい文章に加え、イラストや写真をふんだんに用いて展開されており、私自身をはじめとして、この本から、沖縄の歴史を学んだという読者も多いだろう。

大型本が出現してきた背景には、カラー印刷をはじめとする印刷技術の向上という側面的なことも挙げられるが、何よりも、政治や経済以外の沖縄の文化を知りたい、知らせていきたいとする読者および著者の意向が反映されたものといってよいだろう。実際、新星図書や那覇出版社等の発行する大型本は、営業マンが直接学校や職場を訪問するという方法で、数々のベストセラーを産み出していったのである。

七十年代から八十年代にかけてさまざまな話題を提供してくれた『青い海』が創刊されたのが1971年。また、各地の市町村史の発刊が目立つようになってきたのもこの頃であり、沖縄の歴史学や民俗学などの裾野が広がっていった時期だともいえよう。

大型本の隆盛と新しい流れ(1980年代)

七十年代からブームの兆しを見せ始めた大型本は相変わらずの盛況ぶりを示し、いくつもの実績を残していった。と同時に、現在ある老舗と呼ばれる出版社の足固めができたのもこの頃だといえるだろう。そのジャンルも、民俗関係や写真集、園芸や自然関係と多岐にわたっている。

そして、新しい出版の流れが芽ぶいてきたのもこの八十年代であり、その代表ともいえる本が『おきなわキーワードコラムブック』(沖縄出版)。これまでにない手軽さと面白さが読者の注目を集めた、若者を中心に編集された本である。本土のいわゆる沖縄病と呼ばれる人たちの欲する情報も盛り込まれており、新たな沖縄フリークを作り上げる原動力ともなっているように思える。また、この本を境に編集者自身が脚光を浴びるというこれまでの沖縄の出版界では見られなかった現象が起きたことも特筆すべきであろう。この『おきなわキーワードコラムブック』に代表される本たちは、一般の読者も本作りに参加できるという意味で、県内外問わず、親しみを持って受け入れられ、誰でも書け、読めるという大きな流れを作っていった。

もうひとつ、八十年代で特筆すべきことは、『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社)の発刊である。沖縄の歴史や文化、人物やさまざまな出来事まで含めて初めて体系的に網羅されたこの事典は、沖縄出版界の実力を示す社会的大著として後世に残っていくと思う。

大型本の衰退・硬軟さまざまな出版(1990年代)

七十年代から売れ続けた大型本も、九十年代に入るとさすがに陰りを見せはじめるようになった。売り上げや出版点数の低下には、元来の市場の狭さに加え、高価格からくる読者離れや企画のマンネリ化などもその理由に挙げられるだろう。しかし、企画が良ければ大型本でも売れるというのは事実であり、多種多様な本が出版される中、いかに魅力ある大型本を作っていくかというのが出版社の課題となっている。

また、九十年代のもうひとつの特徴といえば、最低一人から、多くてもせいぜい5、6人で企画・編集・営業までこなす小出版社が増えてきたことであろう。前述したように、この年代になると、大型本を出版する社が少なくなり、年に何点も出版されていた戦記物も目に見えて減ってきた。その代わりに登場してきたのが、八十年代後半からの流れである、手軽に買えて、誰でもが読める本たちである。現在では、その流れの中で、各出版社が企画を競い合っているともいえるのではないだろうか。また、そのような中で、本土からの移住者が、自分たちの体験や思いなどを、地元版元から出版するという動きも盛んになってきている。その意味では、沖縄という土壌が多層化し、単一的な沖縄論ではなく、多角的に沖縄を見るということが出版という世界で行われてきたともいえるだろう。

そして、このような流れだけではなく、沖縄の歴史・文化を中心とする、硬質な本も出版され続けていることも見逃すことはできない。いわば九十年代に入って、読者は、硬軟いろいろな角度から描かれた沖縄というものを選択できるようになってきたといってもいいだろう。

そして21世紀 さらに多様化する沖縄本

2000年代に入り、沖縄本の世界も変容を遂げてきた。90年代からの流れが更に加速し、県内・県外ともに、さまざまなジャンルの本を出版するようになった。とはいえ、取り上げる主題は70年代から80年代に出版されてきたものを進化させた書が多くみられることも事実である。

復帰前後から沖縄の出版界を席巻してきた大型本の企画が皆無に近い状況となり、手軽に読める本が多くなったと同時に、読み応えのある専門書や、著者の深い知識に裏付けされた書が増えてきた。さらにいえば、沖縄戦をはじめとして、芸能関連書や民俗・歴史・自然・文学と多種多様な書が出版されてきたのが、21世紀に入ってからの特徴でもあるように思う。

もうひとつ特筆すべきなのが、21世紀に入って超ロングセラーとなった「御願(うぐゎん)ハンドブック」(ボーダーインク)に代表される拝み関連書。私は個人的に御願本と呼んでいるのだが、形式的になりがちな御願行事に関して、心から感謝の気持ちを持っていればよいという主題で、家庭における行事ごとを書いている『暮らしの中の御願』が嚆矢といえると思うが、都市化し、前の世代から学ぶことのできなくなった世代だけでなく、御願ごとを取り仕切る年代の方々が購入している。県産本の新しいジャンルを開拓した2冊といえよう。

時代を切り取る書として出てきたのが『砂上の同盟』(沖縄タイムス社)。なぜ、沖縄に基地が集中するのか。著者が様々な人々へ問いかけ、米軍基地や再編問題に切り込んだ力作。このような時宜を得た書が出版されたのも21世紀に入ってからの特徴といえる。まさしく県外外の人々へも是非読んで欲しいと思わせる書である。

また、もう一つの特徴といえるのが、沖縄戦関連書の内容の変化。マクロ的な視野から書かれた内容から、より詳細な内容の書が出版されてきたように思う、その代表が『沖縄戦新聞』(琉球新報社)。新聞形式で、時系列に沖縄戦の戦況を紙面化していく内容は、多くの驚きとともに、高い評価を受けた。

電子出版の出現で、紙媒体だけでなく、電子媒体における沖縄本の活動も見られるようになってきた現在。10年・20年前に比較すると、売上が落ちてきているとの話も聞かれるが、その内容はさらに充実し、深化していくように思える。売上増に悩む電子書籍も、コンテンツの充実を図ることで、旧来の読者を引き寄せると共に、新たな読者層を開拓するものと信じてやまない。

版元で考えると、沖縄タイムス社、琉球新報社、ボーダーインクの三社が県産本界をリードしてきたように思うが、他の版元も地道ながら好著を出版しているのが沖縄の出版界。読者層の減少や電子出版の登場など苦難の道が続くが、これからも読み応えのある面白い県産本が生まれてくるのを楽しみにしている。

資料:県産本とは

県産本とは、県内の出版社や印刷会社など、出版に関わる方々で組織された県産本ネットワークの造語で、沖縄県内の出版社が企画・編集・販売している本のこと。これまで沖縄本とひとくくりで呼んでいたものには、ヤマトの出版社から発行される本も含まれており、県内の版元が発行する本をさししめすには不都合であった。そこで、県内の版元の本と本土出版社の本とを差別化するために考えられた。