出版人列伝
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#10

南山舎
大森一也さん

大森氏が最初に手掛けた一冊は、やいま文庫④『潮を開く舟サバニ』(安本千夏著)である。著者とは数年後に結婚しており、忘れられない記念すべき書になったようである。また数ある本の中でも、『竹富方言辞典』(前新透著)は苦労に苦労を重ねただけに特別な一冊になったようだ。「著者が27年かけて収集した言葉や例文を基に、波照間永吉先生をはじめ多くの方々のご協力を得て、約1万7700語を収録した大辞典になりました。編集作業は約7年間。生まれ島である竹富の言葉を残したいという著者の情熱が大勢の人間を感化し吸い寄せ、素晴らしい文化遺産ともいえる本になって結実したのです」と語る姿に編集者としての矜恃を感じた。発刊後、同書は「沖縄タイムス出版文化賞」を受賞し、前新透氏は「菊池寛賞」を受賞した。  

また大森氏は、「今後は、もっと個人史などを通して地域や時代の記録を残していけたら……」との思いを語った。「大手出版業界は、売れる見込みの本でなければ、企画すら通らないのが現状ですが、本の価値は『売れる儲かる』だけで決まるものではなく、個人史で語られる事柄は、本人や関係者にとっては何にも代えがたい価値を持ち、地域の大切な財産にもなり得るのではと考えます」とのこと。店頭に個人史を並べるのは困難ではあるが、地方出版の重要な役割のひとつとして、突破口さえ見つかればこれまでの常識を覆すことができるかもしれない。「『汝、足下を深く掘れ。そこに甘き泉湧く』という言葉を大事にしたい」と話す大森氏は、あくまでも八重山という地域に徹した出版人なのである。  

ところで、大森氏には出版人とは別の顔がある。八重山移住の目的にもなった写真家としての顔である。本業とは別なので、他人には趣味の範疇と思われたりするが、三度の飯より写真が好きなのだという。写真を撮ることが生きがいの大森氏、長年の夢が叶い写真集『来夏世 ―祈りの島々 八重山―』で一つの形となった。158点のモノクロ写真を収録した初の単著は、自社からの発行でもあり嬉しい一冊になった。高い評価を得た写真集は、「祈りの島々 八重山」というタイトルで東京の個展にまでつながった。その後、キューバでの写真展が開催されたり、石垣島の中の神秘的な風景をバックに踊るダンサーを撮影した写真集『水の記憶』がドイツで発刊されるなど、活動の幅は大きく広がった。現在は「石垣島写真研究会」の会長としての役割を担い、グループでの写真集『島の風Ⅱ』を2020年に発刊している。  

今ではいちばん長く住んでいる石垣島という場所。愛着はひとしおであり、生涯八重山に住むつもりだという。「物故された方々も含め、出版活動や写真撮影を通じてこれまで八重山の皆様にはたいへんお世話になり、ありがたい教えをたくさんいただいてきました」と感謝してもしきれないとの思いを語ってくれた後に「今後も想いのバトンを後世へと繋ぐつもりの『本づくり』を心がけていきたい」と穏やかな表情で編集者としての決意を述べた。

取材・執筆 徳元英隆