第20回東アジア出版人会議香港会議(2016年4月)発表原稿

琉球・沖縄の歴史と出版―私的経験から

琉球・沖縄の歴史と出版―私的経験から

更に、より広く、琉球と中国の交渉史研究に関連する書籍を次から次へと出すことに繋がっていきました。琉球弧叢書の3分の1はその関連ですし、瀬戸口律子先生の琉球官話に関する4冊の本、第38回伊波普猷(ふゆう)賞を受賞した岡本弘道先生の『琉球王国海上交渉史研究』、窪徳忠(くぼのりただ)賞受賞論文をベースにした深澤秋人先生の『近世琉球中国交渉史の研究』等もそのつながりです。池谷望子さん達による『朝鮮王朝実録琉球史料集成』もその延長といえるでしょう。

ですから、当社はいわば3本の柱で成り立っています。『琉球弧叢書』という、沖縄学研究を広い視角で捉えた学術書のシリーズ、『琉球冊封使録集成』という、いわば琉球・中国関係史の基本図書とその周辺、そして琉球文化の一つとしての空手に関連する一連の書籍です。

これらの出版を通して、琉球・沖縄の新しい歴史像を立体的に創り上げていくことが榕樹書林の役割だと思っております。

日本では出版不況は大変深刻です。出版の総売上は10年前の半分に落ち込んでいると言われています。私は全国流通は地方小出版流通センターという所を通しているのですが、10年前に比べ出版点数が1.5倍になっているのにもかかわらず、取引実績は70%ダウンです。

理由は幾つも考えられます。若年人口の大幅減、インターネット普及に伴う需要減、流通システム自体の务化、等々が相乗的に作用していると言っていいでしょう。勿論、私達自身の企画・編集の対応力にも問題があるのかもしれません。

沖縄ではわずか130万の人口にもかかわらず、主だった出版社だけでも20社ほどあります。ほとんどが1人~3人程度で運営されている超零細の出版社です。私の所もその内の1つです。その小さな出版社が集まって、「沖縄県産本ネットワーク」というのが起ち上げられたのは1999年のことです。以降、毎年一回は「沖縄県産本フェア」を開催し、合同の出版目録を発行しています。

しかし、流通と市場規模の問題は影を落としています。年間で5点以上をコンスタントに出版している所は10社あるかないかですし、世代を繋いで経営が持続している会社はほんの数社です。社会的に安定して利益を出している産業分野とは全く見なされていません。県内では大手資本といえる新聞社の出版部さえも活動を鈍化させています。

勿論、時には例外もあります。ボーダーインクの最大のヒット作『御願(うがん)ハンドブック』は公称10万部に達しています。日本の人口比と合わせて考えると1000万部にも匹敵するものです。先に取り上げた『沖縄大百科事典』が3万部で、同様に300万部にも匹敵します。しかもこの場合は定価が55,000円という高額本なのです。ちなみに県内出版最大のベストセラーは那覇出版社の『これが沖縄戦だ』とされており、約40万部を誇っています。但しこの場合の主なお客様は、本土からの戦災地観光客といわれております。

この様ななかで人文系の専門書を中心に据えた出版社は、当社を含め3社くらいのものです。出版物の発行部数のほとんどは300部から多くても1000部とまりです。いずれも厳しい経営状況です。どこまでやっていけるのかは単純に個人の継続への意志にかかっているのが実状です。

今日の会議は東アジア出版人会議です。東アジア各国各地域の出版人が、相互に他の国の出版物を出版し合うことを通して、共通の社会認識を醸成していこう、というものだと理解しています。

私がこれまで刊行してきた『冊封琉球使録集成』や『朝鮮王朝実録琉球史料集成』あるいは『琉球官話課本研究』等はいわば中国語(漢文)からの現代日本語への翻訳出版であり、『朝鮮と琉球』は朝鮮語(ハングル)からの翻訳であり、そのままこの目的に合致する性格の本ではなかったと思っております。県内出版物ではありませんが、岩波書店から刊行された新崎盛暉先生の『沖縄現代史』は、中国(北京・三聯出版・2010年)、韓国(ソウル・論衡・2008年)からも刊行され、沖縄をアジアの人々に知ってもらう大きな力となっています。

まさしく、これから私供に求められているのは、琉球・沖縄の情報が積極的に本会議に出席されている国々、地域に翻訳出版されていく様な意図的な企画なのだろうと思います。市場規模でいえば中国語の文化圏は15億、これは沖縄の1000倍です。この1000倍の規模の人々に琉球・沖縄の歴史と現実を正しく知ってもらうこと、この事が、沖縄問題の解決を促進することになります。その為にはどうしなければならないかをより具体的な形で提起していく様、沖縄の出版人全体で考えていかなければならないと思っております。

武石和実(Kazumi Takeishi)
1949年秋田県に生まれる。1972年に沖縄に移住。1980年古書舗緑林堂書店を開業。1991年『空手道大観』を出版。本格的に出版に足を踏み入れる。1993年『琉球弧叢書』刊行開始。1994年『沖縄戦後初期占領資料』(全100巻+別巻1)刊行。1995年『冊封琉球使録集成』刊行開始、第1回は『陳侃ちんかん使琉球録』。1996年全沖縄古書籍商組合結成。以降、今日まで組合長を勤める。1997年個人企業を廃し、有限会社榕樹書林ようじゅしょりんを設立。出版を本格化させる。2011年『冊封琉球使録集成』全11巻完結。2014年琉球新報社「社会活動賞」(出版・文化部門)受賞。2016年これまでに187点刊行。沖縄タイムス出版文化賞、伊波普猷ふゆう賞、等多数受賞。
※プロフィールは発表年度のものを、そのまま掲載しています。