第 21 回東アジア出版人会議 10 周年記念沖縄 会議( 2016 年 11 月) 基調講演

歴史から見た琉球・沖縄の出版文化

戦後の主な動き

沖縄県民の生活の場が戦場となった1945年の沖縄戦によって、人口の約25パーセントが戦死した。人命のみではなく、王国時代以来の幾多の文化遺産もまた徹底的に破壊され、首里や那覇の街は焼け野が原となった。沖縄県立図書館の一般図書や沖縄関係資料も失われたのである。戦争が終わると、沖縄は日本の行政範囲から切り離され、アメリカが直接統治する地域となった。排他独占的に沖縄を統治したアメリカは、冷戦時代に対応するための広大な基地を建設し、沖縄を基地の島に変貌させた。

戦後のアメリカ統治時代における出版で特筆されるのは、琉球政府と那覇市による歴史編集とその成果の刊行であろう。『沖縄県史』全23巻・別巻1は1965年から刊行が開始され、東京などの資料館や図書館、大学で保存されていた沖縄の近代史に関する基本資料を収集し、それを相次いで公刊した。また、近代の政治や経済、文化、教育の歴史を概論し、民俗に関する記述も出版している。1966年に刊行が始まった『那覇市史』全33冊は、近代史を主な対象とした『沖縄県史』と比較すると、王国時代の諸記録や中国の冊封使の著作(冊封使録)など前近代資料の刊行に重点を置いていた。

この2つの刊行事業には尐なくとも4つの意義があった。1つは、戦争で失われた諸記録を収集し、沖縄の歴史や文化に関する基盤的な情報を提供したことである。2つは、その情報を駆使して、研究者が研究活動を展開できる条件を整備したことである。3つは、そのような基礎作業を行政の責務として取り組んだことである。そして4つは、沖縄県や那覇市に止まらず、沖縄県内の市町村やその内部の字という行政単位において、公的な歴史編集事業が行われる状況を促したことである。その証拠に、県を始めとする各自治体において歴史編集事業が積極的に推進され、その動きは沖縄の日本復帰(1972年)後さらに活発化し、1980年代にはピークに達した。その流れは現在まで続いており、沖縄の出版文化に占める行政の側の存在意義を特徴づけている。

沖縄の出版文化のもう1つの特徴は、地元の購読者に支えられてきた新聞社が行うところの出版事業であろう。沖縄タイムス社は、軍人の目線からではない沖縄戦の記録として、1950年に『鉄の暴風』という画期的な本を編集している。そしてまた同社は、沖縄に関する1980年代初期までの総合的な知の蓄積を、『沖縄大百科事典』(1983年)という形で出版した。琉球新報社もまた多くの出版事業を行ってきたが、民間の出版社が取り組んでこなかった沖縄研究の偉大な人物の蓄積を、『真境名安興全集』全4巻(1993年)として出版している。

行政と新聞メディアは、沖縄の出版文化を語る際の大きな存在なのである。

むすびに

言うまでもなく、民間の地元出版社が担う多様な出版文化が沖縄において展開している。その状況に関しては、第21回東アジア出版人会議(沖縄会議)における報告や討論の中で、沖縄側の参加者から詳しく述べられるはずである。また、今年4月に開催された第20回東アジア出版人会議(香港会議)で報告した、武石和実氏(榕樹書林)の「琉球・沖縄の歴史と出版―私的経験から」も参照していただきたい。

沖縄をテーマとする出版物は、地元沖縄で出版されるだけではなく、東京を中心とした日本本土でも数多く出版されている。近年は特にアメリカ軍基地をめぐる話題が全国的に注目されていることもあって、基地や安全保障、あるいは沖縄「差別」などをテーマとする出版物が増えている。出版文化のそのような広域的広がりを確認しつつも、沖縄の出版人たちが、あえて「県産本」というキーワードを掲げて活動する意図についても、沖縄会議で提示されるはずである。

出版という行為が持つ地域性や時代性について、あるいはまた、その活動を通じて提供される書物の持つ普遍性についてどう考えるべきか。沖縄会議の報告と討論を大いに期待している。

そのことを願って、歴史から見た琉球・沖縄の出版文化に関するラフスケッチを示した次第である。

高良倉吉(Kurayoshi Takara)
琉球大学名誉教授(文学博士・琉球史)。1947年沖縄県伊是名島に生まれ、南大東島に育つ。1971年、愛知教育大学卒業。1973年、沖縄県沖縄史料編集所専門員、1987年、沖縄県立博物館主査、1988年、浦添市立図書館館長、1994年、琉球大学法文学部教授(2013年3月まで)、2013年、沖縄県副知事(2014年12月まで)。首里城復元委員会委員、NHK大河ドラマ「琉球の風」監修、NHK時代劇「テンペスト」時代考証をつとめる。著書、『琉球の時代』(1980、筑摩書房)、『琉球王国』(1993、岩波書店)、『アジアのなかの琉球王国』、(1998、吉川弘文館)ほか多数。沖縄タイムス出版文化賞、伊波普猷賞、等多数受賞。
※プロフィールは発表年度のものを、そのまま掲載しています。