出版人列伝
出版人列伝出版人列伝
#15

「市場の古本屋ウララ」店主
宇田智子さん

コロナ禍の中で

コロナ禍の現在、ウララから見える景色を伺った。

「市場はお客さんと売り手の距離の近さが売りで、あらゆる場所からいろんな人が来る面白さがあった。それが今、全部裏目に出ているのは本当に残念なこと。ウララには扉がないので誰でも気軽に入ることができ、予約制という営業形態にはできない。狭いからお客さんとの距離も取れない。今までは魅力だったはずのことが今は障害になっている」。インタビュー時の2021年9月7日現在、ウララは1ヵ月休業していた。

市場には、コロナ禍でも開けている店は多い。店主は皆、口を揃えて「ここに居るしかない」と言う。「売り上げの為だけにやっているのではなく、店に、市場に居るのが当たり前で自分の居場所になっている。私自身もやっぱりそうだった。お店に居ることは家に居るのと同じくらい自然なこと」。市場と店への想いが詰まった言葉が溢れ出ていた。「お客さんが居なくてもみんなが店を開けている風景は、寂しいけど私にとっては大事なもの。簡単にシャッター通りにはならない」。今までいろいろな危機や事件、そして今回のコロナ禍に翻弄され続けてきた市場。それでも乗り越えてきて、ここはダメにならないとみんな信じている。そういう周りの動きを見ていると「この場所は終わらないな」と、宇田さん自身も信じられると話す。

コロナ禍の中、ウララの通販サイトを立ち上げた宇田さん。店を閉めているので、注文した沖縄本は版元へ直接受け取りに行き、県外へ発送する。版元との距離の近さから出来る利点。他にも、今出来ることをやっていくことで本屋であることを取り戻せているという。

未来、沖縄本へ望むこと

宇田さんは「何より願っているのは、県産本(沖縄本)が在り続けて欲しいということ」と語り、沖縄の出版界に対する心配事についても話してくれた。「後継者がいない出版社が廃業すると、その出版社の本の流通が途絶えてしまう。古書業界では、廃業した古本屋の本をほかの業者が買い取って、また古書として流通させていく仕組みがある。出版社も横の繋がりができているので、お互いに助け合う形があってもいいのではないかと感じる。県産本を守って欲しい」と訴える。沖縄の出版界には若手が少なく、後継者不足は出版協会にとっても大きな課題となっている。宇田さんの危惧は、沖縄本が在り続けて欲しいとの想いがあってのもの。沖縄本へ望むこととして、「自分で作って出すという県産本の伝統のひとつが、若い作り手にも繋がれていくこと。沖縄で伝えたり残したりすべきことは、まだたくさんある。伝える手段としての本が在り続けて欲しい。新しい県産本のかたちや、流通の方法が出来て欲しい」と語ってくれた。

宇田さんが憧れた90年代の沖縄本に、まぶい組編著『沖縄キーワードコラムブック』(沖縄出版刊)がある。「普通の人が著者になるという面白さや懐の深さが、県産本にはある。21世紀版のコラムブックがあってもいい」。店に来るお客さんには、本を出したいと話す人もいて「あなたが代わりに書いてくれない?」と言われることもあるという。どうしたら本を作って出せるのか、という情報を開いていくことも大切だと話す。本と市場と人とを結ぶことは、本を作ることに通ずるものがあるように感じる。

「変わっていくことを悲しまずに、出来るだけ長く市場に居たいと思っています」。市場の風景に溶け込んだウララと宇田さんが、那覇の歴史の1ページを重ねていくのを、沖縄本の版元、読書人として見守っていきたいと強く思う。

インタビュアー:我那覇祥子

宇田智子
「市場の古本屋ウララ」店主。2013年『那覇の市場で古本屋 ひょっこり始めた<ウララ>の日々』(ボーダーインク刊)を刊行。同書は、翌14年、第7回池田昌子記念『わたくし、つまりNobody賞』を受賞し、韓国や台湾でも翻訳本が出版された。ほかの著作に『本屋になりたい-この島の本を売る』(ちくまプリマ―新書、2015年刊)、『市場のことば、本の声』(晶文社、2018年刊)。新聞、雑誌等にて様々な執筆活動を続けている。
ウララ外観