出版人列伝
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#06

むぎ社
座間味香深さん

座間味香深さん(むぎ社代表)、座間味はるみさん
座間味香深さん(むぎ社代表)、座間味はるみさん

~偉大な父の跡を継ぐ、二代目の挑戦~

沖縄本を代表するジャンルに御願本がある。あの世との距離が近い沖縄ならではのジャンルだといえよう。その御願本に特化した編集物を発刊し続けてきた版元にむぎ社がある。そのむぎ社をけん引してきたのが、主宰の座間味栄議氏。その栄議氏を取材しようと連絡したのが2016年9月、しかし、その一月前の8月に氏が急逝したことを知った。驚きを隠せないまま、むぎ社を訪問。出迎えてくれたのは、奥様のはるみさんと、ご子息の香深さん。大黒柱であった栄議氏を亡くした悲しみを、心の底に深く漂わせているような表情が印象的であった。

栄議氏は、1950年生まれ、東京で雑誌の編集をしていたが、結婚を機に沖縄へ帰郷し、沖縄教育出版へ入社。香深さんが生まれたこともあり、沖縄での生活は順調なスタートを切った。その後、新星図書出版へ移るが、1987年に独立してむぎ社を創業した。

「サラリーマンとしての安定性は魅力でしたが、沖縄の子どもたちへ沖縄の文化や伝統、歴史を伝えていくために、自分の企画した本を発刊したいと考えたようです。不安もありましたが、夫の判断に間違いはないと思いました」。それからは、栄議氏が企画・編集等を担当し、はるみさんが制作を担当するスタイルが確立された。以降、むぎ社発行の本は順調な売れ行きを見せた。『沖縄の気象と天気』、『沖縄の星と星座』などがそれ。絶版となった今でも図書館などで根強い人気を誇る。

「全ては座間味の思いが込められた本です。あのシリーズが好評だったことで、より自信がつきました」。さらに、「夫は企画を立てると、徹底的に文献を読むことから始めました。そして自分なりに解釈して原稿を仕上げていくんです」。制作作業は、はるみさんが担当。まさしく夫婦一体となっての共同作業だった。

むぎ社の転機は、主力商品であった本の売れゆきが鈍りはじめたことと、民俗関連書の発刊が契機となった。県内各地の聖域を訪ね、古老に取材していくうちに民俗の面白さに目覚めたという。「御願関連本を執筆・発刊していく中で、いつしか専門家となり、講演や読者からの問い合わせにも丁寧に応えるようになりました」と、語ってくれた。その後、webデザイナーをしていた香深さんも社に加わり、親子三名で仕事を進めるようになった。

2016年の4月からは、香深さんに編集を指導しながら、昔からの夢だった小説も書くようになった。「一作は仕上がり、推敲をしている状態でした」。はるみさんと香深さんは、それを本にまとめたいと考えている。

「これからは息子と二人でむぎ社を守っていきます」と語るはるみさんからは、栄議氏の信念を継承する想いが溢れていた。

むぎ社の取材を行って6年の歳月が流れた。沖縄出版協会のメンバーとして、協会の多くの活動に関わるようになった香深氏に、改めてむぎ社の現況を聞いてみた。

「母は、社業から手を離れ、今は妻の唯と二人で会社を切り盛りしています。妻が事務作業、私が編集や書店営業を担当しています。ただ、書店営業が忙しいときや編集の企画を立てるときには、母に相談したり手伝ってもらったりすることはありますが、基本的には妻と二人での出版社といえるでしょうね」と語る。

そこで、むぎ社をけん引してきた亡き父、栄議氏について改めて話を伺ってみた。「何しろ、企画立案から原稿執筆まで一人でこなしていましたから、亡くなったあとの喪失感はすごかったですね。もちろん、家庭人としても家族思いの素晴らしい人でした」。前述したように、これまでのむぎ社の業務の進め方は、栄議氏が企画を立てて原稿執筆、はるみさんが製作を行っていた。その大黒柱が急逝したのだから当然のことだろう。「父の頭の中にしかなかった企画や原稿の内容がありましたから、会社をどうしていこうかという気持ちが大きかったです。存在感の大きさに改めて思い知らされました」。