出版人列伝
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#07

榕樹書林
武石和実さん

武石和実さん(有限会社榕樹書林 取締役社長)
武石和実さん(有限会社榕樹書林 取締役社長)

~沖縄出版界に大きな足跡を残す~

沖縄県内の出版界で人文系専門書を中心とした郷土図書の版元といえば榕樹書林の名前が一番に挙げられるだろう。重厚な本作りに定評のある榕樹書林で、一人何役もこなしているのが武石和実氏(1949年4月生まれ、72歳)。

秋田県出身の武石氏は、1972年に沖縄に移住。その後、古書に携わってきた経験を活かし1981年に緑林堂を開業(98年に現在の榕樹書林に変更)。沖縄関係の専門書を中心とした品揃えで順調に売上を伸ばした。「当時、古書店で沖縄関連書、特に専門書に特化した書籍を扱っている店は少なかった。私は、そこに泉があると思った。その方向性が当たった」。

その後、稀少本を復刻できれば売上が伸びるのではないかと考え、実行に移したのが『沖縄近世和歌集成』。「古書店としての仕事があるから、出版といってもメインにはならなかった。原典を扱う商売だからこその出版といえる。そこから出版の形が見え始めた」。

武石氏が本格的に出版事業に足を踏み入れることになったのが1991年の『空手道大観』の復刻。1万2千円という高額にも関わらず、大きな反響を呼んだ。これで緑林堂・武石の名前を世間の人々が記憶にとどめることになる。

そして1993年、武石氏の刊行物の中でも大きな柱となる『琉球弧叢書』の刊行を開始した。「沖縄の古典籍を扱っていると、一般向けに出したら読んでもらえるだろうと思える本がある。それを知り合いの研究者にお願いして書いてもらおうと考えた。読者に直接会うことができる古書店だからこそ、読者が欲しがっている本が感覚で分かるからね」。しかし武石氏の思いとは別に、売上が芳しくなかった。

そこへ大きな転機となる本が現れた。『沖縄戦後初期占領資料』(1994年刊)だ。なんと全100巻+別巻1で定価が270万円を超える大著。「紀伊國屋書店の販売協力もあって予想以上に売れた。おかげで資金的にも余裕ができ、『琉球弧叢書』を出し続けることができた」。さらに、武石氏が特別な想いがあるという『冊封琉球使録集成』へとつながっていく。「これは古典籍として『中山伝信録』等を扱ってきた経験を元にした企画だったのだが、同時に訳注者として原田禹雄(のぶお)先生と意気投合した事が大きかった」。同書は2011年に全11巻が完結された。