出版人列伝
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#14

フリー編集者・「カフェユニゾン」店主
三枝克之さん

そのような独自の世界を作り上げる三枝氏の発想の源泉は何なのかを聞いてみた。「幼いころから本は好きでした。ただそれだけではなく、映画をはじめとする映像も好きだし、音楽も好きです。今思うと、すべて編集に関わる分野ということが共通しています。たぶん本づくりに限らず、モノづくりをする上で欠かすことのできない編集術が好きだったんですね」と語る。

ここまで順調に進んできた三枝氏は新たなチャレンジに挑むことになる。「印刷会社を退職してフリーになったんです」。

そこからは、編集者としての仕事以外に、文筆家やプロデューサーとしても、さまざまな分野に取り組むことになった。以来、30年近く、三枝氏はフリーとして活動の幅を広げている。

「フリーになって最初のころに手掛けたのが『LOVE SONGS』という本です。まず地元出版社から、万葉集を題材にとった風景写真の本を作ってほしいとの依頼がありました。そこで万葉集を読んでみると、著名な歌人から名もなき庶民のものまで、恋愛をうたった歌がとてもおもしろいと感じました。そこで、恋愛に主題を絞り込んで、現代の若者と万葉集を重ね合わせて編集してみようと考えました。若者が撮ったスナップ写真を集めて、それに僕が万葉集の歌をポップス調に訳した歌詞をつけたんです」。本書も反響を呼び、三枝氏の編集するビジュアルブックに新たなページを書き入れることとなった。「この本は、キー局のテレビ関係者の目にとまって、『恋ノウタ』というミニ番組として週1回、1年間放送されました」。クロスオーバーという言葉が生まれたのは90年代だったと記憶しているが、この『LOVE SONGS』(文庫版は『恋ノウタ』)はまさしく三枝氏が展開したクロスオーバーから生まれた書だといえるだろう。

「僕自身は文章よりも写真が好きなんです。その好きな写真と文章をどう組み合わせ、どうデザインするか、それが僕にとっての編集です。最近は自分で文章を書いて、写真を撮ってということも多くなりましたが、これは僕の中では、編集者の僕がイメージを共有しやすい相手として、書き手の僕やカメラマンの僕に発注している感覚かもしれません」。

そんな三枝氏に転機が訪れたのが2003年。「ずっと京都で仕事をしていたのですが、次第に東京の会社と仕事をすることが増えてきました。インターネットが発達してきて、それを使って仕事ができるようになったんですね。だから京都や東京にいなくても、インターネット環境が整っていれば、どこでも仕事ができることに気づいたのです」。そう考えた三枝氏は、沖縄への転居を決意する。「ルーツもあるので、若いときから沖縄で生活したいという気持ちがありました。また子どものためにも自然が豊かな場所で暮らしたいと考えていて、それには沖縄が一番かなと」。以来、20年近くが経過した。

前述したように、三枝氏の考える編集者像というのは、これまでの概念とは異なる。三枝氏が第24回東アジア出版人会議(台湾・台南会議2018年5月)で発表した文章を引用してみよう。

この場にいるみなさんは、まず本が好き、文章を読むことや書くことが好き、そして出版という活動や編集者という仕事が好きな方々だと思う。しかし告白すれば僕は、本や出版はたくさんある好きなものの一部でしかない。じつは僕が愛し、こだわるのは、「編集」という技術や創造性そのもの。みなさんも「編集に必要な能力のABC」というのはよくご存じだろう。AはArtist、つまり知的創造力。BはBusinessman、つまり営業マネジメント力。CはCraftman、つまり職人的技術力。僕はこれは何も出版の世界に限ったものではなく、むしろその枠をはみ出てもっと広義に解釈することで、さまざまな活動に応用できると感じている。出版界の現状を見れば、その未来が明るいと無責任に言うことはできない。しかし「編集」というノウハウ、何かを「編集する」という発想自体は、これからの時代に求められているものだと思う。

と語り、続けて

「素材を集めて、選んで編み、あるパッケージにまとめることでユーザーに伝える」、そのために「知的創造力と営業マネジメント力と職人的技術力を駆使する」という「編集」は、他の創造的分野や日々の生活にも生かせる技術かもしれない。たとえば展覧会のキュレーションも、音楽フェスティバルのプロデュースも「編集」だ。インテリアをコーディネートするのも、旅行をプログラムするのも「編集」といえよう。あるいは地域おこしやコミュニティ作り、組織運営にも「編集」という思考は役立つはずだ。

そして

「編集」という技術はメディアが何であれ有効だ。そしてそこに未開拓の編集方法論があることを発見したなら、試さずにはいられない。なぜなら僕は「編集者」なのだから。

と結んでいる。